大宮 バイパス。 大宮バイパス

東京の環八通りと新大宮バイパスが直結 練馬平和台~川越街道の都道 3月30日開通

大宮 バイパス

tags: , , , , 東京から放射状に延びる高速道路のなかで、関越道だけ唯一、首都高に接続されていません。 これにはかつて、現在の関越道より国道17号新大宮バイパスのほうが重要視されていた過去があります。 関越道と首都高が接続されることは、もうありえないのでしょうか。 その鍵は「幻の練馬線」が握っています。 関越より古い新大宮バイパス 関越道は、東京へ向かう高速道路のなかで、唯一首都高と直接接続していません。 最も近くを走る首都高5号線は、途中で進路を北寄りに変え国道17号新大宮バイパスに接続しています。 いったいなぜ関越は新大宮バイパスに負けてしまったのでしょう。 いまの常識で考えると、重要度は関越道のほうがはるかに上。 不思議に思えます。 東京から放射状に延びる高速道路で唯一、首都高と接続していない関越道(画像出典:首都高速道路)。 その背景には、こんな経緯があります。 まず、1971(昭和46)年に現在の関越道が練馬~川越間で開通した当時は、「東京川越道路」という名前の有料道路でした。 これは川越街道(国道254号線)のバイパスに過ぎず、東名や中央などと比べると、重要度ははるかに下でした。 この東京川越道路の工事が始まった翌年(1968年)、関越道の最初の区間として、川越~東松山間の施工命令が出ています。 つまり、あとから決まった関越道の方が、「せっかくだから東京川越道路に乗っかって、そのまま新潟まで造ってしまおう」だったのです。 一方、首都高5号線の新大宮バイパスへの延伸が決まったのも1968(昭和43)年。 新大宮バイパスの着工は1962(昭和37)年と古く、そのときはまだこちらが上越方面への主要道路で、練馬インターはあくまで「東京川越道路」の終点予定地に過ぎず、目白通りも谷原交差点で途切れているありさまでした。 現在の5号池袋線は高島平付近で急カーブで北上しますが、昔の構想ではそのまままっすぐR254和光富士見バイパス~旧富士見川越有料の専用部として仮称首都高川越線とする計画もあったと聞きますが、この記事中の構想図では載っていませんね。 東京川越道路が国幹道になってしまったため、その代替としてR中短距離交通用として浮上した構想だったのでしょうかね?ぜひ次回の記事で仮称首都高川越線を取り上げて下さい。 蛇足になりますが、C2~練馬線の接続は、現在ではシールドトンネル同士の接続に技術的問題がない、また練馬線接続工事を行う際に片側のトンネルを使っての対面通行ができるように渡り線を準備している、との情報もありますのでぜひご検証下さい。 80年代から首都高を使っている者です。 当時は、5号線の終点が高島平でした。 そこから一般道で関越へ行くのが面倒で仕方ありませんでした。 5号線延伸の工事が北に進むにつれ、関越との接続を楽しみにしていました。 ところが、途中から5号線は東に向きを変え、関越と反対側へ。 (涙) 後に関越は外環と接続しましたが、距離的には一般道よりも遠回りで、時間も10分かかります。 (夜中なら一般道経由は20分)おまけに、外環の料金500円プラスです。 5号線接続拒否は、恐らく、料金収入を増やす為のボッタクリ政策だったのでしょう。 ちなみに、5号線の外環以北は、全線ガラガラです。 あれこそ、無駄路線の最たるものでしょう。 一方、圏央道の関越-東北道区間が全通しましたが、関越の上り方向と、外環の東行き交通量が2割程度、減少しました。 (平日午後1時前後)それまでは、交通量が多く時速80kmまで落ちたものが、今では川越-練馬間をほぼ100kmで全走行できます。 また、外環東行きで、東北道分岐点では、全通前には東北道への交通量が多かったものが、全通後は、東北道行きの車が皆無となりました。 そもそも、圏央道を先に作っていれば、外環は必要なかった事でしょう。 ちなみに、圏央道は土地買収が楽(田園を通る)なので、予算数百億円。 外環は、驚くべき事に2兆円もかかっています。 つまり、圏央道を後回しにする事で、2兆円もの金をドブに捨てたのです。 原因は簡単で、役人がリベートを欲しかったからです。 困ったものです。 ちなみに、圏央道の開通が相次いでいるので、首都高の交通量も激減しています。 (首都高交通量の6割が単なる通過車両なので当然)80年代は、平日昼頃でもC1渋滞80%でしたが、今は平日昼間でほとんど渋滞無しです。 新大宮バイパス~上尾道路~熊谷バイパスの上に高速道路を通し国道17号の渋滞解消と大宮・上尾・鴻巣・熊谷・深谷・伊勢崎の市街地に近い地域に高速道路を通す方が意味がある。 高島平というより美女木JCTより以北が空いているというが、現状の首都高埼玉線はさいたま市で打ち切られており 新都心に通す事を優先事項としたため新大宮バイパスの西区三橋地区における渋滞にも全く効果がない。 (ちなみに新都心から東京方向に向かうと与野のカーブで北方向に向かうジャンクションが準備されているのがわかる) 伊勢崎で北関東道や上武国道の最終地点である渋川市で関越道とつながれば関越道のバイパスとしての役にも立っただろう。 将来、外環の大泉~世田谷が完成した時に、関越道から都心方面に向かう車の一部は、外環と中央道のJCTを経由して首都高速4号線に流れることが予想されます。 練馬線がないことの影響で、首都高速4号線方面への合流渋滞が中央道のJCTで発生するでしょう。 R17新大宮バイパス関連については、予算が付き次第、首都高速を順次北へ伸ばして行ってもらいたいと思います。 圏央道の桶川北本インター以北のR17についても、熊谷バイパスに接続するまで下道での整備をまずは優先してお願いします。 関越道が渋滞した時のバイパスルートとして、R17の上武道路、熊谷バイパス、上尾バイパス、新大宮バイパスが全線つながることによる効果は大きいでしょう。

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新大宮バイパスに敗北 孤立した関越道、その未来は

大宮 バイパス

概要 [ ] 国土交通省では大宮 - 鴻巣間のを意味する。 しかし、旧道が降格されて、この道路が現道となってから長い年月が経過している上、更に大宮の北部まで「」が新しいバイパスとして完成し、箕田までの間も「」が順次建設・開通しており、一般には「バイパス」の呼称は過去のものとなりつつある。 (後述) 大宮以北は、(昭和10年)には既に境まで舗装は完了していたが、昔ながらの中山道がそのまま使われていた。 戦前に新道ができなかったこの区間は、によって自動車の増加を見込み、中山道に並行して片側2車線の高規格道路を建設するに至った。 総工費約15億円を投じて (昭和33年)から(昭和38年) にかけて、(現:さいたま市北区)宮原町から大字箕田までの全長19キロメートル の区間が開通し、この新道が大宮バイパスと呼ばれる。 また、この新道を「 中山道」、旧道を「 旧中山道」と呼ぶことになった。 その後の国道・の指定・改定の兼ね合いもあって、旧中山道が国道から県道(埼玉県道164号鴻巣桶川さいたま線)に格下げされ新道は現道となり、現在の国道17号は即ち大宮バイパスのことのみを指す。 開通当初はは設置されなかったが、交通事故への対処から(昭和49年)に設置工事が行なわれている。 歩道は当初は市街地のみに設けられていたが、沿線の市街化の進展により交通安全対策事業として全区間に拡大され、(昭和42年)完了している。 なお、箕田交差点から(1964年度完成)までの袋交差点までの間は現道を拡幅して(昭和41年)度に完了 、大宮から吹上まで連続する4車線道路が完工している。 (昭和42年)にから、への国道17号バイパスが開通する際、大宮以北の上記の区間で「大宮バイパス」の名称が既に使用されている。 また、大宮以南の(昭和10年)に全線開通した新国道(現:国道17号) は中山道のバイパスである等の理由から、新しく出来た道路は「新大宮バイパス」と命名された。 沿線自治体の基幹道路であり、他に大きな道路が無い為、深夜を除いて平日休日問わず全線の至るところで渋滞する。 特にと交差する上尾市の上尾運動公園交差点は朝夕の渋滞が大変激しく、ラジオの交通情報でしばしば案内される。 上尾運動公園交差点は度々改修されており、国道17号は大宮方面が右折帯を延長した実質3車線、熊谷方面は左折帯もあり、県道も国道17号合流側の車線数が多くなっているが、それでも毎日渋滞する。 「バイパス」呼称について [ ] 旧中山道(旧国道17号)の大宮地区のバイパスではあるが、17号の現道であるため現在では「大宮バイパス」は必ずしも一般に普及した名称ではない。 大宮以北の併走道路は旧中山道であり、大宮バイパスの区間を指す言葉としては国道17号で足りてしまうことから、道路行政以外で大宮バイパスという呼称を用いることは極めて稀となっている。 地域住民は、大宮バイパスの正式な別称である「中山道」(歴史的には中山道ではない)と呼ぶこともほとんどなく、単に「17号」と呼び、逆に正しくは(行政上は)誤りとなったが旧中山道(こちらが概ねの中山道)を今でも「中山道」と呼んでいることが多いようである。 実際の歴史や県道164号鴻巣桶川さいたま線上の宿場跡(、、)に当時の建物が残ること、宿場に関連した伝統的な祭事もこちらで行われることなどから、元々は中山道でない大宮バイパスを「中山道」と呼ぶことが定着しなかった。 旧大宮市から鴻巣市にかけての沿線住民は、前期以前に生まれた世代を中心に現在も「バイパス」と呼んでいる。 しかし、旧大宮市では「バイパス」はを、鴻巣市北部では「バイパス」はを指す場合もあり、世代の違いや居住地などで道案内等で支障をきたす場合もある。 通過する自治体 [ ]• ()- - - - 交差する主な道路 [ ] 交差する道路 交差する場所 最高速度 国道17号 ・方面 (旧) 東大成町 50 ・ () 国道16号() 60 () 上尾市役所前 埼玉県道323号上尾環状線 久保 坂田 加納 - 山中 埼玉県道312号下石戸上菖蒲線 4丁目 宮内 天神2丁目 天神1丁目 鴻巣警察署前 埼玉県道164号鴻巣桶川さいたま線 箕田(南) () 国道17号() 箕田 国道17号 ・熊谷方面 沿線の主な施設 [ ]• 北消防署• 上尾市立あたご保育所• 上尾市役所• 上尾市立中央小学校• PAPA上尾ショッピングアヴェニュー• 桶川消防署• 医療法人社団一期会 藤倉医院• (旧:日産ディーゼル)鴻巣工場 交通量 [ ] 平日24時間交通量(平成27年度道路交通センサス)• 2-222-7 : 39193• 2-3-16 : 55034• 1丁目 : 40545• 桶川市東1丁目 : 43624• 7丁目 : 43256 脚注 [ ] 注釈 [ ]• 上尾市役所. 39 2018年11月. 2018年10月29日閲覧。 『写真アルバム 上尾・桶川・北本・鴻巣・伊奈の昭和』いき出版、2017年10月19日、146頁。 『写真アルバム 上尾・桶川・北本・鴻巣・伊奈の昭和』いき出版、2017年10月19日、145頁。 上尾市役所 2011年5月19日. 2018年10月15日閲覧。 345-346 参考文献 [ ]• 喜多河信介、斉藤誠一「」『土木史研究』第12号、土木学会、1992年6月5日、 341-352頁、 2020年2月11日閲覧。 関連項目 [ ]• 外部リンク [ ]• - 上尾市Webサイト.

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《道路改良事業》一般国道118号 那珂~大宮バイパス/茨城県

大宮 バイパス

概要 [ ] 国土交通省では大宮 - 鴻巣間のを意味する。 しかし、旧道が降格されて、この道路が現道となってから長い年月が経過している上、更に大宮の北部まで「」が新しいバイパスとして完成し、箕田までの間も「」が順次建設・開通しており、一般には「バイパス」の呼称は過去のものとなりつつある。 (後述) 大宮以北は、(昭和10年)には既に境まで舗装は完了していたが、昔ながらの中山道がそのまま使われていた。 戦前に新道ができなかったこの区間は、によって自動車の増加を見込み、中山道に並行して片側2車線の高規格道路を建設するに至った。 総工費約15億円を投じて (昭和33年)から(昭和38年) にかけて、(現:さいたま市北区)宮原町から大字箕田までの全長19キロメートル の区間が開通し、この新道が大宮バイパスと呼ばれる。 また、この新道を「 中山道」、旧道を「 旧中山道」と呼ぶことになった。 その後の国道・の指定・改定の兼ね合いもあって、旧中山道が国道から県道(埼玉県道164号鴻巣桶川さいたま線)に格下げされ新道は現道となり、現在の国道17号は即ち大宮バイパスのことのみを指す。 開通当初はは設置されなかったが、交通事故への対処から(昭和49年)に設置工事が行なわれている。 歩道は当初は市街地のみに設けられていたが、沿線の市街化の進展により交通安全対策事業として全区間に拡大され、(昭和42年)完了している。 なお、箕田交差点から(1964年度完成)までの袋交差点までの間は現道を拡幅して(昭和41年)度に完了 、大宮から吹上まで連続する4車線道路が完工している。 (昭和42年)にから、への国道17号バイパスが開通する際、大宮以北の上記の区間で「大宮バイパス」の名称が既に使用されている。 また、大宮以南の(昭和10年)に全線開通した新国道(現:国道17号) は中山道のバイパスである等の理由から、新しく出来た道路は「新大宮バイパス」と命名された。 沿線自治体の基幹道路であり、他に大きな道路が無い為、深夜を除いて平日休日問わず全線の至るところで渋滞する。 特にと交差する上尾市の上尾運動公園交差点は朝夕の渋滞が大変激しく、ラジオの交通情報でしばしば案内される。 上尾運動公園交差点は度々改修されており、国道17号は大宮方面が右折帯を延長した実質3車線、熊谷方面は左折帯もあり、県道も国道17号合流側の車線数が多くなっているが、それでも毎日渋滞する。 「バイパス」呼称について [ ] 旧中山道(旧国道17号)の大宮地区のバイパスではあるが、17号の現道であるため現在では「大宮バイパス」は必ずしも一般に普及した名称ではない。 大宮以北の併走道路は旧中山道であり、大宮バイパスの区間を指す言葉としては国道17号で足りてしまうことから、道路行政以外で大宮バイパスという呼称を用いることは極めて稀となっている。 地域住民は、大宮バイパスの正式な別称である「中山道」(歴史的には中山道ではない)と呼ぶこともほとんどなく、単に「17号」と呼び、逆に正しくは(行政上は)誤りとなったが旧中山道(こちらが概ねの中山道)を今でも「中山道」と呼んでいることが多いようである。 実際の歴史や県道164号鴻巣桶川さいたま線上の宿場跡(、、)に当時の建物が残ること、宿場に関連した伝統的な祭事もこちらで行われることなどから、元々は中山道でない大宮バイパスを「中山道」と呼ぶことが定着しなかった。 旧大宮市から鴻巣市にかけての沿線住民は、前期以前に生まれた世代を中心に現在も「バイパス」と呼んでいる。 しかし、旧大宮市では「バイパス」はを、鴻巣市北部では「バイパス」はを指す場合もあり、世代の違いや居住地などで道案内等で支障をきたす場合もある。 通過する自治体 [ ]• ()- - - - 交差する主な道路 [ ] 交差する道路 交差する場所 最高速度 国道17号 ・方面 (旧) 東大成町 50 ・ () 国道16号() 60 () 上尾市役所前 埼玉県道323号上尾環状線 久保 坂田 加納 - 山中 埼玉県道312号下石戸上菖蒲線 4丁目 宮内 天神2丁目 天神1丁目 鴻巣警察署前 埼玉県道164号鴻巣桶川さいたま線 箕田(南) () 国道17号() 箕田 国道17号 ・熊谷方面 沿線の主な施設 [ ]• 北消防署• 上尾市立あたご保育所• 上尾市役所• 上尾市立中央小学校• PAPA上尾ショッピングアヴェニュー• 桶川消防署• 医療法人社団一期会 藤倉医院• (旧:日産ディーゼル)鴻巣工場 交通量 [ ] 平日24時間交通量(平成27年度道路交通センサス)• 2-222-7 : 39193• 2-3-16 : 55034• 1丁目 : 40545• 桶川市東1丁目 : 43624• 7丁目 : 43256 脚注 [ ] 注釈 [ ]• 上尾市役所. 39 2018年11月. 2018年10月29日閲覧。 『写真アルバム 上尾・桶川・北本・鴻巣・伊奈の昭和』いき出版、2017年10月19日、146頁。 『写真アルバム 上尾・桶川・北本・鴻巣・伊奈の昭和』いき出版、2017年10月19日、145頁。 上尾市役所 2011年5月19日. 2018年10月15日閲覧。 345-346 参考文献 [ ]• 喜多河信介、斉藤誠一「」『土木史研究』第12号、土木学会、1992年6月5日、 341-352頁、 2020年2月11日閲覧。 関連項目 [ ]• 外部リンク [ ]• - 上尾市Webサイト.

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