話 が ある よ 聞い て 欲しい よ。 ただ話を聞いて欲しい人のただ2つの気持ち

「ただ話を聞いてくれるパートナー」ほど得難いものはない。

話 が ある よ 聞い て 欲しい よ

家に居た息子を拾って大手ショッピングモールに。 私は車の助手席でグッタリ・・・。 私はランチとお茶でおなかが減っていなかったので、 二人に付き合って何かちょこっと食べればいいや。 と思っていた。 すると息子もお昼ごはんの時間が遅かったらしく 「あんま減ってないや。 」との事。 「なんだよ減ってるの俺だけ?」夫は何故か不機嫌そう。 「夫の好きなの食べていいよ~。 お店どこにする?」 ヘロヘロになりながらもとにかく座りたい私はそう促したのだが、 「俺だけだったら何か買って帰ればいいんじゃん!」とか 意味わかんないんだけど夫が怒り出した。 「いやいや何も喰わないって言ってる訳じゃないのよ。 息子もちょこっと食べるよ?なぁ? 私も何か・・・餃子とビールダケ。 みたいのでいいのさ。 」 「えー!?何で俺が決めなきゃいけないの?じゃあこんなお店とかじゃなくて フードコートとかで勝手に好きなもん注文すりゃイインじゃん!」 何でどんどん怒って行くのかがわからない。 息子と顔を見合わせる。 「・・・いや、それでいいならいいんだけどさ。 夫は何か食べたいもの無いのかな? 合わせるよ?って言ってるんだけど?」 「なんだよ!俺ももう喰わねえよ!・・・お前がはっきりしないから!」 とか息子に何故か八つ当たりし始めたのでブチッと来てしまった。 何意味わかんない事言ってんだ。 息子関係ないだろが! 人の腹の減り具合に指図すんな。 食べたくないって言ってるやつに無理に何食わす気だ。 お腹の減ってるお前が決めていいってのの何ににハラたててんだ。 自分で決めたくないだけか!じゃあ何も喰うな!私はもう帰る。 勝手にしろ。 ワケわかんないんですけど喧嘩になりました・・・。 私は振り返りもせず夫と息子を置いて電車とバスで帰ることにしたのでした。 いったい何がいけないの?こちとらクタクタだってのに ご飯食べて、ゆっくりしてそれからですよ。 いつもいつも!!勘弁してよもおおおおお! 夫ってば単身赴任先から帰省してくる度色々くっつけてくるのとオツカレ様なので 初日~3日目くらいはこんな風にいつもワケの分からないイライラを ぶつけてくるんです。 ワガママというかカマッテちゃんというか。 非常にムカツクつっかかりかたをしてくるのでホント勘弁してくださいなのでした。 今回もお憑かれ様な感じはしてたんだけれど、 私が忙しかったのでケアはあとでゆっくりね。 と思ってたんです。 「今は勘弁してよねーーー!!昼間の母&姉達VSでライフゼロなのよ!」 逃げたんですワタシ。 ほんと耐えられなくて。 こんなこと初めてなんだけども夫の顔見るのも嫌になって逃げたんです。 そこからバスと電車乗り継いでホントに家に帰ってしまったのでした。 夕方最寄の駅のスーパーでヨロヨロして「もう・・歩けない・・・」とかなってたのに ここからバス乗って電車乗って駅から・・・やっぱ歩くのか。 (泣) 家まで1時間は掛かるな・・・。 モーローとしながらもなんとか家路に着いた。 そして塩風呂にがっつり浸かってる時に夫からメールが。 「そろそろ閉店だし集合しよう。 帰ろう」 ん?何を言っている?私はもう家にいますが? そして何平静な感じのメールを送って来てるのかしら? 「家に帰っているのだけど?」 そう返信したら 「そうか。 すまなかったな。 」 と返ってきた。 バッキャロー!何が「すまなかったな。 」だ!何か食べたのかな・・・? ちょっと心配なんかしながら帰ってくるのを不機嫌そうに待ってたんです。 ま・・・まだ許すもんか。 こっちだって怒ってんだ。 そんな風にモヤモヤしながら。 ところが!! 夫ったら息子をショッピングモールに置いたまま帰って来てしまっていたのでした。 ワタシにくっついて息子は一緒に帰ったと勘違いして。 息子は・・・親達が喧嘩を始めてしまい、あらあら・・・と思ってる間に 二人ともプンスカして行ってしまって、さてさてどうしたものか。 と思いながら・・・・ ショッピングモールをお父さんを探しながらブ~ラブ~ラしてたんだそうだ! なんでだ! その内閉店のアナウンスが流れ始めたので駐車場に行って見た所、 うちの車が無かったので「しまった置いていかれた。 」と思ったんだそうだが、 この時携帯もお財布も持っていなかった息子は連絡の手段も無く とりあえず外に出ようかな。 とショッピングモールを出て・・・・ 「走って帰ろ。 」 と思って走り出したんだそうだ。 車で30分掛かる距離だ。 家まで20キロくらいあるだろうか・・・。 もっとある? 夜中の10時だよ。 夫は家に戻って息子が居ない事に気がついて焦ってまた車で出て行った。 ワタシは「バカじゃねーの!」と不機嫌を引きずりつつ こりゃまずいことになった・・・と青くなっていた。 息子の事だから警察に駆け込むなどいう知恵はないだろう。 走って帰ってくる気だろうなのは想像できたけれどこの距離だ。 どうしたものかなぁ・・・やきもき考えていたら夫から連絡が。 「捕まえたから。 連れて帰る」 息子はショピングモールから10キロ地点くらいで汗だく状態で夫の車に確保された。 それが不思議な話で、海側の大通りを走っていた息子はふと、 「この先人って走って通れるんだっけ?やばいかもなぁ。 」と思い 市街地の旧道にコースを変えようと細い道を上がって来ていた。 夫は海側とは逆の市街地の旧道よりも更に山側の大通りを車で走っていた。 急いでいるのに前の車が鈍い。 こんな遅い時間なのに全然進まない。 焦った夫は市街地の旧道にコースを変えようといつもは曲がらない道に 入って細い道を下がって来ていた。 そして市街地旧道に出ようと右折したところで 海側から旧道に出てきた息子と出会ったと言うのだ。 奇跡や!夫と息子ははしゃぎながら帰ってきた。 10キロも走らされて奇跡も無いもんだわ。 とも思ったが いくら相手を探しているとはいえ、夜中に見知らぬ町のいつも通ったことの無い道で 親子がばったり会うなんてこと無いよね・・・。 何通りもあるコース、時間も違えば絶対逢えないままだった。 ワタシ達は息子に平謝りをしたのだが息子は 「いーよいーよしゃーないやん。 気にしない~。 」 と快く許してくれた。 子供みたいなケンカをした父と母を大人な息子は すごい包容力で許してくれたのだった・・・。 どんだけ恥ずかしいか。 それで夫は少しは息子への八つ当たりをやめるかと思いきや、 次の日も変わらず当り散らしていたので息子に嫌われていた。 ww やっぱり夫も「聞いて欲しい。 」「話したい事がある。 」なんだよね。 ずっとブツブツ怒ってた。 腰も痛くてなぁ・・・。 まいった。 ワタシは寝てなんとか回復したので 次の日夫の憑かれを取るため浄化の限りを尽くしたのだった。 あいつ・・・ほんとに自分でガードすること覚えて欲しい。 毎回毎回ホントに勘弁して欲しい。 だけどあの日は私も昼の間に母&姉達と一緒に居て いろいろ私の中からも噴出して滲み出てきてた物があったのだと思う。 疲れて余裕も無くなってた。 私だって「聞いて欲しい。 」「話したい事がある。 」だったんだろう。 はっきり「何が」という事はわからなかったけど、 そういう解放したい感情がまだ私には沢山あるんだということと、 息子の底なしの包容力に私も「母の娘」としての物凄い可能性を感じた。 私にも母を許せるかもしれない。

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話を聞いて欲しい人向けのサービスを始めた理由

話 が ある よ 聞い て 欲しい よ

その店員の態度を改善するためには〇〇しようよ• もっとこうすれば良くなるよ! こういった夫の反応に対して妻は「分かってくれない・・・」と感じてしまい、夫婦げんかが勃発する。 良くある夫婦の光景です。 こういった問題は古今東西・世界各地で起こっているのに、未だに解決されていません。 それどころか、夫婦が分かり合えずに離婚まで発展してしまう始末。 根深いですね。 これは実は 男女の脳の構造の差がなせる悲しき問題なのです。 しかしそんな難しい話ではないのです。 種さえ理解できてしまえば「な~んだ」で済む話。 ここでは男の視点で、なぜ「夫は妻の事を分かってあげられないか」をご説明していきましょう。 あくまでも平均的な感じ方です。 全ての男女が当てはある訳ではありませんので、その辺りはご理解ください。 妻の感じ方 夫の感じ方 (喜怒哀楽など)感じた事に対して 共感して欲しい 問題を探して解決もしくは改善したい ストレスに対して 話をして発散する 黙って考え込む。 話しかけられるとイライラする 会話の目的 会話そのものを楽しむ 問題解決のためのツールであり、必要以上にしゃべらない 終わりや目的の無い会話 楽しい イライラする いかがでしょうか。 夫という生き物は、「問題解決」を至上命題としています。 何か問題が発生した際には、これを解決する事で周囲に自分の力を誇示します。 ですから妻が「こんな困った事があった」と聞けば、通常の夫という生き物は なんで分かってくれないの!!!!! などの感情論で夫に立ち向かっても無意味です。 夫からすれば「なんで『分かってくれない』なんて言われるんだ??」と首を傾げるだけです。 この場合の「分かる」というのはあくまで、妻の主観にすぎません。 夫側からすれば「共感」ばかりされればイライラするだけなのです。 共感されても男は「分かってくれた」などと思いません。 「妻は全然分かってくれない」と思うだけ。 男女の考え方は真逆なのです。 良書を読もう このような男女の考え方の違いについては様々な本が出ています。 思わず笑ってしまうくらい「あるあるwww」という事が説明されていますので、是非夫婦で読んでみると良いでしょう。 めちゃくちゃ理解が捗り、夫婦関係が良好になります。 話を聞かない男、地図が読めない女 脳の構造の違いから、男女の特性を理解させてくれます。 アドバイスばかりの夫にほとほと困っている妻は必ず読むべき良書です。 めっちゃ笑います。 夫にも読ませるべし!.

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聞いて欲しい話があるよ

話 が ある よ 聞い て 欲しい よ

理想の結婚相手に求める条件は何だろうか。 もちろん、言葉で表せるポイントではなくフィーリングだと言う人もいると思うが、求める条件はまったくなくフィーリングが全てだと答えるのはせいぜい十代までだろう。 実際、条件としてよく挙がるのは、 「価値観が合う」 「趣味が合う」 「金銭感覚が合う」 「優しい」 「家事が得意」(男女問わず) といったところだろうか。 もっと現実的な話をすれば、ここに「収入」や「容姿」、「年齢」なども加わるだろう。 バブルの頃は三高などといって「高学歴」「高収入」「高身長」が挙げられたというが、最近は結婚生活に直接影響しない「高学歴」と「高身長」はあまり重視しない人も多いように思う。 「高収入」だって、バブル当時の「男は年収1,000万円から」などと嘯いていた(一部の人だけだろうが)頃に比べ、「ずっと共働きのつもりだし、二人の収入を合わせて生活に困らない程度の年収ならいいよ。 」という謙虚な女性の割合が増えたのではないだろうか。 その反面、さきに挙げたメンタル面の条件は最近のほうが比較的厳しくなっているような気がする。 共働きが一般的になってきて、夫婦の役割の境界線が薄れてきたことも影響するだろう。 例えば、上のメンタル面の一つに入るが、結婚相手(または恋人)の理想の条件として、 「ただ私の話を聞いてほしいの」 「俺の話にずっと、うんうんって相槌打って聞いてくれる子がいいんだ」 というのを聞くことがある。 一見すると、この理想は決して高そうではない。 「高収入」のように打算の匂いがするわけでもなく、「価値観が合う」という曖昧で正解がなさそうな条件でもないからだ。 「そうか、話を聞いてあげればいいだけなんだ」と、自分自身が口下手だったりおとなしかったりするタイプの人なら、相手が喋ってくれるのはむしろ楽だと思うかもしれない。 また、相手の話を聞いてあげることは優しさの一つであり、言われるまでもないと考える人もいるだろう。 だがこれは、とりわけ結婚相手として挙げる条件となると途端に厳しいものになる。 恋人のうちは、例えば週に数回のデートにおけるほんの数時間だった「私(俺)の話を聞いてくれ」が、毎日のことになるからだ。 そして離婚をしない限り、一生続くということである。 結婚して一緒に暮らすのだから当然だが、これは途方もないことだ。 そもそも、「ただ話を聞いてほしい」人の言う話とはどういう内容だろうか。 まずは、家庭内の会話を以下のようにおおよそのパターンに分けてみて考えたい。 これを制約されたら家庭は窮屈だろう。 たいていは盛り上がりも目的もオチもない話だがやむを得ない。 全ての会話に目的やオチを持たせるのは誰だって不可能だ。 ただし限度はある。 見たもの聞いたもの感じたものをそのまま何でも口にしないと済まない人がいるが、相手が仕事や育児でボロボロに疲れているようなときでも構わず話し続けるのは思いやりに欠ける。 また、聞き手も「だから?」「それで?」といった返事をしてしまうとつまらない喧嘩に発展する、地味に地雷率の高い会話だ。 ただし、これはまだ良いほうだ。 本人は話していて楽しいだろうし、配偶者も「へえ、そんな世界があるんだ」と興味を持つきっかけになるかもしれない。 少なくとも、相手を不快にする話題ではない(よっぽどのめり込みすぎて偏っていなければ)。 自身が口数の少ない人で相手が喋ってくれるほうが楽、と考えるタイプはこういった話題ならば想定内で許容範囲、むしろ楽しそうにお喋りする配偶者を微笑ましくも思えるだろう。 これは一見、上記の「相談」の皮を被っていることが多いからなお厄介だ。 ましてや職場の人間関係や仕事内容など、配偶者は直接どうすることもできない件ならなおさらだ。 本当の相談であれば、話し手は聞き手に意見を求め、解決の糸口を見つけるために対話する。 だが配偶者が「それはこうしてみれば?」「じゃあこう言ったら丸く収まるんじゃない?」などと意見を言ったときに「でも、でも」を繰り返したり、露骨に嫌な顔をして意見を聞く気もなかったりするようであれば、それは報・連・相のうちの「相談」とは言えない。 ただ垂れ流したいだけの愚痴なのだ。 あるいは友人や同僚に聞いてもらう時なら「ただの愚痴なんだけどさ」と前置きできる人であっても、身内に対しては甘えが出る傾向がある。 そして、「ただ話を聞いてほしい」という理想を掲げる人の「話」とは、自覚しているか無自覚かは別としても、往々にしてこの愚痴や悩みが該当するのではないだろうか。 報・連・相は仕事で嫌でも行う。 何気ない日常会話なら職場でも友人とでも交わす。 趣味などの話はやや「ただ話を聞いてほしい」内容に入るかもしれないが、共通の趣味の人などがいればそこのコミュニティでも話したい欲求は満たされるだろうから絶対条件とは思えない。 そうなると、理想として掲げるほど思う存分配偶者に聞いてもらいたい話といえば、やはり愚痴や悩みということではないだろうか。 家庭内なのに、家族なのに、愚痴や悩みを吐いて何が悪いんだ、と理不尽に思う人もいるだろう。 もちろん、愚痴も悩みも吐いていい。 家族なのだから。 人間は誰にでも、辛いときや苦しいときのモヤモヤを一人で抱えきれないときがある。 家族が一人で全て抱え込んで何も話してくれないというのは配偶者も辛い。 しかし相手に対する理想として「ただ話を聞いてほしい」となると、問題ありの可能性が出てくるのではないか。 常に何かしらの不満を抱えやすく、長期間に渡り、ひたすら一方的に、ほぼ習慣として愚痴を吐く場合だ。 話 愚痴、悩み を聞いてもらう行為そのものがメインとなっているともいえる。 もし差し迫った悩みがなかったとしても、悩みを探し出し、自分の中で生み出すことまで有りうる。 もはや愚痴を言うためにヘイトを探すといった本末転倒具合だ。 幼い子供がワガママを言って親の愛情を確認するのに似ていると思う。 意見や説教はいらないが、決して適当に流すこともなく、ほぼ一方的に自分のモヤモヤを毎日聞いてほしい。 どこまでも自分を受け止めてほしい。 聞き手が「ふーん」「へー」「あー、そう」などと、気のない相槌を打つのみで軽く流すというのは許せない。 適切なタイミングで十分に共感を見せてほしい。 そうでなければ、本気が聞く気があるのかと怒り出すか、思いやりがないと言ってさめざめ泣くこともあるだろう。 これを受け入れられるのはもはや、カウンセリングの域だろう。 一時間で数千円以上の料金が発生するカウンセリングに近い。 もちろんカウンセラーは、専門家だからこそ料金が発生する。 しかし裏を返せば「ただ話を聞く」という行為はそれだけ専門知識が必要で、プロが対応することなのである。 それを常に素人である配偶者に求めるのは酷だ。 それでも「話を聞いてほしい」という希望は譲れない、それを配偶者に求められないなら結婚する意味がない。 そこまで思う人は、夫婦であっても元は他人である以上、精神的にギブ&テイクであるということを忘れなければよいのではないだろうか。 愚痴や悩みを聞いてもらいたいなら、相手の愚痴や悩みも聞く。 「一方的に」という部分を意識して変えるのだ。 いたって明快で当たり前のことのようだが、これを忘れてしまう人が多いように思う。 友人や同僚とのランチや飲み会等では愚痴の言い合い、つまりお互い話しつつ聞きあっている関係が多いはずだ。 そうでない人は自然と周囲の人間が離れていくので、たいていは大人になる過程である程度精神的ギブ&テイクができるようになるはずだ。 ところがこれが夫婦となると、「なんでそこまでパートナーに気を遣わなければならないのか」と言いたくなるだろう。 「そんなに気を遣うならモヤモヤは解消されない」と。 だが配偶者も生身の人間だ。 愚痴のはけ口にされた側のモヤモヤはどこへ遣ったら良いのだろう。 どんなに親身に話を聞いても、カウンセラーのように報酬に還元されるわけでもない。 よほど精神的に強靭な配偶者でもない限り、ヘイトを垂れ流されれば、そのヘイトは少なからず聞き手の中に滞留し、少しずつ蝕んでいくだろう。 真偽のほどは定かではないが、ネガティブな言葉を浴びせられ続けたら植物すら枯れるという説もあるくらいだ。 人間であれば言わずもがなである。 家庭内の仕事でいえば家事育児や親戚づきあい、ご近所づきあいなどを担うよりも強くストレスがかかっている可能性も十分あり得る。 夫婦が対等な元他人である以上、精神的なギブ&テイクを忘れてはいけないのだ。 ただし、中には普段聞き手の配偶者でも、自分からはあまりネガティブな話はしたくない、弱音も吐きたくないというタイプもいるだろう。 「さあ、今度はあなたの悩みを話して!」と無理に聞き出されるほうがストレスになる人もいる。 そういう相手ならば、別のストレス解消法を提示してみてはどうだろうか。 いつも話を聞いてもらって感謝しているから、土曜日は家事も育児もせずに自由に遊びに行っていいよとか、趣味のコレクションを飾りたいなら一部屋自由に趣味の部屋にしていいよとか、何でもいいのだ。 相手が望んでいて、ストレス解消になることなら。 あるいは、いつもは一方的に愚痴を言ってくるばかりの相手が、そういった心遣いを見せてくれたということだけでも十分満たされる人もいるだろう。 要は気持ちだ。 「そんなにいちいち気を遣わなくても、うちのパートナーはネガティブな話でもいつも親身に聞いてくれるし、不満もなさそうだから問題ない」 そういう声もあるだろう。 そして(まれに)それが事実の場合もある。 実は聞き手側が我慢している、というのではいけない(愚痴を聞いてもらう側からはよくわからないだろうが)。 ある時突然大爆発したり、ふらっと姿を消してしまったりする危険をはらんでいる。 そうではなく、結婚後何年経とうとも相手への愛情だけで愚痴や弱音を全て受け止めて包み込んでくれる人。 それでいて、いつも朗らかに暮らしている人。 ストレスを感じたとしてもうまく自分の中で切り替えて、ダメージをしなやかにかわせる人。 もちろん、全て受け止めた風を装って、相手を操縦しようとするような裏があるわけではない。 ましてや密かに何かの修行中で、功徳を積むために苦行に耐えているわけでもない。 あなたの配偶者が、もし本当にそんな人だったとしたら。 はい、そのパートナーはとんでもない「アタリ」です。 そういう人を伴侶にすることができたなら、決してそれを普通だと思ってはいけない。 収入が良いとか美人だとか、家事がうまいとか趣味が合うとか、そういった様々な要素を遙かに凌駕した最高のパートナーだ。 そんな人と夫婦になれた僥倖に、心から感謝するべきだろう。 「まあ話だけはよく聞いてくれるけど、平凡な人だよ」だなんて、とんでもない話なのである。

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